ラテン碑文
古代ローマ帝国の碑文とは?
古代ローマ社会では、碑文が大量に製作されていた。そのほとんどは何らかの記念碑に付属するものであり、当時の社会では都市の内部、あるいは墓地の至る所で乱立する記念碑と共に碑文を目にすることが出来た。
こうしたラテン碑文の多くが帝政前期、特に2世紀から3世紀前半にかけて集中して見つかっており、ローマ史研究者の間では"monumental culture"(*記念碑文化)と言う用語で説明される程までに碑文製作は文化現象となっていた。
このラテン碑文は現在までに約30万点が知られており、日々、その出土件数は増加しているが、その内の7割程度が墓碑銘である。そして、ラテン碑文の大きな特徴の一つが、こうした墓碑銘に生前に獲得した名誉、職業、あるいは感情表現や愛情表現がしばしば刻まれていたことである。古代ローマにおける墓碑銘製作とは、現代の我々にとってのHP等と同様に他者に向けた明確な「意思表明」の手段であり、重要なメディアであったと言える。
誰が碑文を製作したのか?
古代ローマ社会において、碑文製作、とりわけ墓碑銘製作に身分による排除はなかった。皇帝であれ奴隷であれ、等しく墓碑銘製作に参与し得たと言う事実は非常に興味深いことである。「ローマ社会における奴隷とは何者であったか?」我々が奴隷の墓碑銘を読む時、しばしばこうした疑問を抱くのではないだろうか。古代ローマにおける墓碑銘製作は、この社会のダイナミズムを体現していたのである。
碑文紹介
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